大判例

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名古屋高等裁判所 昭和33年(う)64号・昭33年(う)63号 判決

論旨は要するに原判決が本件公訴事実中一の別表の一(3)ないし(6)及び二ないし八の寒冷地手当、退職手当、税金立替金等の支出につき、期待可能性なきものとして犯罪の成立を否定したことは事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りであるというのである。

よつて本件記録を仔細に検討すると、原判決説示のような配炭公団設立の経過とその短期的な性格、公団職員の原判示の如き給与形態、ことに公団創立当時において政府は原判示の如く公団要員確保のため、前職給を確保する旨の閣議決定を行い、これを条件として日本石炭株式会社ほか八地方石炭会社から公団への転職移行を勧誘しその要員を確保して公団を発足せしめながら、その後政府は原判示のように前職給確保の右閣議決定を取消し一般公務員の三割増にとどめる旨の閣議決定をしたこと、さらに配炭公団従業員組合の原判示のような特異な性格、とくに同組合は従来急進的かつ左翼的傾向の強かつた旧日本石炭労働組合のあとをうけ原判示の如く所謂産別傘下の中核として官公労組との緊密な連絡の下に配炭公団当局に迫ることを常としていたこと、またインフレの昂進のとどまるところをしらなかつた当時の極度に緊迫せる不安定な経済社会状勢の下において右組合が公団の短期的性格や政府の食言的措置と相まつて原判示のような執拗かつ熾烈な闘争を展開したこと、さらにまた、公団責任者たる被告人等が右組合との団体交渉において組合の要求をむけに斥ければスト突入は必至であり、かくては鉄鋼業を始めとする国の再建途上にある重要基幹産業の根底を揺がし、その混乱、損失は国家経済の上に測りしるべからざるものがあるところから、被告人等は原判示の如く団体交渉に最善をつくしつつも、スト寸前においてはその都度、ある程度の譲歩を余儀なくせられてついに原判示のような不法支出をなすにいたつたものなる経緯が認められる。しかし原審は被告人等の右所為もかような状況の下においては真にやむを得ないものであつて、たとえ他の者をして被告人等の地位にあらしめたとしても、通常人ならば被告人等と同一の行動をとるは必定、とうていこれ以外の適法な行為を期待しえず所謂期待可能性なきものとして犯罪の成立を認めなかつたものであつて、原審の叙上の認定にはなんら事実誤認のあとはみられない。論旨は公団職員が政府職員や一般産業職員と比較してその給与の面において、当時必ずしも不当な待遇を受けていたものでないから期待可能性なしとはいえないというのであるが、この両者の比較論はともあれ、公団の責任者として、前叙の如き諸種の悪条件の下にスト寸前に追いこまれながら、争議を回避し熱源の分断から国の基幹産業を守るため他の如何なる行動をとりえたであろうか。この期待なくしていたずらにその責任を追究するは国民に難きを求むることとなりむしろ社会一般の道義観念に反するであろう。もつとも期待可能性の理論については、所論のとおりまだ大いに論議の存するところであろうが、社会一般の道義観念に照し非難すべからざる真にやむを得ざるにいでた叙上の如き行為は、法律上罪とならざるものといわねばならない。論旨は採用しがたい。

(裁判長判事 吉村国作 判事 中浜辰男 判事 成田薫)

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